平成元年と平成30年の「世界時価総額ランキング」を比較すると、バブル期の日本が相当ヤバかったし世界の変動も見て取れる

昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る

世界時価総額ランキングの
上位50社中、日本企業は32社!

思えば平成元年、日本経済は“山”の頂上にいた。当時の世界時価総額ランキング上位50社中、日本企業が32社を占めていたし(今はたった1社だ)、GDP(国内総生産)をはじめとする各種経済指標も日本は世界のトップ水準にあった。日経平均株価は平成元年12月29日の大納会で3万8915円を付けた。地価高騰も凄まじく、東京23区の地価が米国全体の地価の合計を上回るといわれた。

「株も土地も永遠に上昇を続ける」。今では耳を疑うような話だが、“山”の頂に登った当時は、国も金融機関もそう信じて疑わなかった。

これらの現象はバブルだったとわれわれは後に思い知らされるが、当時は「これこそが新しい時代」と錯覚していたのかもしれない。

その後のバブル崩壊と、日本の凋落ぶりは今更言うまでもない。バブル崩壊後の“負の遺産処理”には「失われた20年」と呼ばれるような長い時間を空費した。

そしてその間、日本から「変革への機運」も失われていった。生活様式は変わり、働き方も多様化、労働人口や消費構造など、社会を形成するあらゆる土台が変化するにもかかわらず、決別するべきだった昭和の価値観はいびつな形で居座り続けた。

最近では、ダイバーシティ(多様性)の意味を全く理解していない自民党の議員が非難を浴びたが、日本大学や日本ボクシング連盟は今でも“昭和のリーダーシップ”で動いていることが露呈した。

惰性による停滞──。結局、30年を経てもなお、昭和という“レガシー(時代遅れの遺物)”を引きずったままという感は否めない。

もっとも、その中でも軽やかに新しい時代に適応した層は猛スピードで先を走る。主にデジタル分野では「新しい資本主義」ともいうべき経済ルールが台頭しており、もはや停滞は許されない。

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現在の世界時価総額ランキング